魔法のクリスタル
近頃の世の中っていえば、架空請求だとか振り込め詐欺だとか、人を騙して金をせしめるという犯罪が流行しているのですが、人を騙して金を取るなんて卑劣な行為は許せません。ええ、許せませんとも! 詐欺師なんて輩は、少し前まではずる賢い知能犯みたいなイメージがありましたが、今の詐欺は たわけ者どもが組織ぐるみでやってる低俗な犯罪。個々で活動してる詐欺師は全く目立たなくなってしまい、今でも生き残っているのだろうか?とさえ思ってしまう。
今日はそんな孤高(?)な詐欺師のお話。
僕が小学校の低学年だったある秋の日、学校の帰り道でその男と出会った。
「ねぇそこのボク、いいものあるから ちょっと見ていきな。」
道端に敷き物を広げ、ドッカリと腰を下ろしたおじさんが僕に声をかけた。見るとそのおじさんの前には、何やらガラス細工のようなものがいくつも並べられている。四角い柱の形をした ろうそく程度の大きさのガラスの中には、青い液体のようなものが詰まっているように見える。入り込む光の角度で色を変えるキレイなものだった。僕にはそれが、今まで見たことのない不思議で神秘的なアイテムに見えた。
「これはな、魔法のクリスタルなんだ。」
「まほうの・・・クリスタ・・・・ル?」
クリスタル・・・って何だろう? 意味がさっぱりわからなかった僕は、もうこの時点でおじさんの手の中にいたのかも知れない。
「これを覗いてテレビを観ると、スゴイんだぞぉ。」
「いったい どうスゴイの?」
「それは観てからのお楽しみだ。とにかくすごくテレビが面白くなるぞ。」
僕はおじさんの術中にすっかりハマってしまった。そのわけのわからんクリスタルの価格は50円。僕の1週間分のお小遣いだ。そして僕の、今の全財産でもある。ここでこのクリスタルを買ってしまったら、何より好きな駄菓子を買うこともできなくなってしまう。でも・・・欲しい。僕は誘惑に負けて そのクリスタルを買ってしまった。
「これは6時を過ぎないと何も起きないから、それまで絶対に使ってはダメだぞ。」
そう言いながらおじさんはクリスタルを新聞紙に包み、僕に手渡す。当時の僕はおじさんの言葉の全てを信じた。ワクワクドキドキが止まらなかった。疑うことを知らなかった。それは何色にも染まっていない、純粋な心を持った子供だった。
「何それ、どうしたの?」
家に帰った僕に母さんが問いかける。
「ダメだよ、これは6時になるまで絶対に開けちゃだめなんだよ。」
おじさんと交わした約束を堅く守り、ワクワクしながらテレビの前で待つ。そして待ちわびた6時になった。しかし慌てて包みを開ける僕の手の中から、クリスタルがポロリとこぼれ落ちてしまった。
カシャーン
僕は浮かれすぎていた。クリスタルは床に落ち、割れてしまった。青い液体が床に広がる。
僕は泣いた。テレビが凄いことになると大きな期待を抱いていたのに・・・・
あまりの勢いで泣き叫ぶ僕に、母さんは驚き、慌てていた。
「お母さん!50円貸して!来週のお小遣い、50円貸して!」
気が狂ったように泣き叫ぶ僕を不憫に思ったのか、母さんは何も言わずに50円を出してくれた。僕はその50円玉を握りしめ、おじさんの居た所まで走った。どうしても、どうしてもクリスタルを覗いた向こう側が見てみたかった。全速力であのおじさんが居た場所にたどり着いて数秒後、僕は暗くなった空を見上げた。
そこにはもう、誰もいなかった・・・・・
僕は考えていた。6時になるまでクリスタルを使ってはいけないという おじさんの言葉の意味を。でも、どうしても疑うことはできなかった。50円玉を握りしめながら、いつまでもそこに立ち尽くした。
幼心に感じていた。もうおじさんには会えないかもしれない。でも、明日になればきっと会えるんだと自分に言い聞かせながらトボトボと家に帰った。
家に着いた僕に 母さんは言った。
「ほらね、居なかったでしょ。ラジはね、騙されたんだよ。」
信じたくなかった。どうしても信じたくなかった。ただただ、まっ白な雪のようにピュアだった。騙されるなんてことはこれまで全く経験したことがなく、初めてのことに気持ちは大きく揺れ動いた。それでも最後まで、あのおじさんを信じていたいという気持ちがあった。
「ほら、これを見てごらん。」
母さんが取り出したのは あのクリスタル。僕と入れ違いで帰ってきた弟も、あのおじさんから買っていたのだ。
僕は恐る恐る クリスタルを覗き込んだ。
そこに見えるのは、ただ青みがかかった世界。ただの青い水を通して見た世界。テレビもただ青く見えるだけだった。 ようやく僕は確信した。
僕は・・・・・・・騙されたんだ・・・・・・・
・・・翌日、あの場所におじさんはいなかった。
僕はそこに、弟が買ったクリスタルを思いきり投げつけた。おじさんを責める気は無かったのに。「おじさんが渡してくれたクリスタルは、僕には使えなかったんだ。」そう言って返すつもりでいたのに・・・・・
カッシャーーン・・・・・・
高く綺麗な音をたてて、ガラスがアスファルトに飛び散る。
心の中に霧がかかったような気分だった。
その霧がやがて、僕の心の白いキャンパスの一部を 限りなく黒に近い青色に染めあげた。
あの時僕が手にした魔法のクリスタルは、今思えばちゃちなオモチャであったのだけど、たった一日の間に、喜びや悲しみや後悔などの様々な感情を僕に与えてくれた。
とてもショックだったけど、僕はこう思うようにしている。
あの青い液体が詰まったガラスの小さな柱は、
見てはいけない大人の世界の扉を開けた、魔法のクリスタルだったのだと。

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