純坊と僕 これは僕が小学3年生の時の思い出です。 僕は小学生の頃は団地住まいでした。両親は共稼ぎで昼間は仕事で居ません。まあ、アレですね、鍵っ子ってヤツです。僕は学校の終わった後は、弟や近所の子たちと近くの公園や川原で遊ぶ毎日でした。 その遊び仲間の中で、当時僕が一番仲の良かった子が、同じ棟の同じ階に住む純坊という子でした。純坊と言っても女の子です。僕より三つ年上の、小学6年生の純子という女の子です。僕は純坊と呼んでいました、とても頼りがいのあるお姉さんで、僕は彼女をよく慕っていました。 純坊の両親も僕と同じく共稼ぎ、しかし純坊の両親は僕の家族よりもはるかに酷い状況で、家に帰ってくることはほとんどありませんでした。一日500円〜1000円くらいの食費を置いていくだけで、完全に放任しています。たぶん家族の団欒なんて皆無であったと思います。実際、僕も純坊の両親を見た記憶がありません。
純坊は女の子といっても、かなり豪放で男の子っぽかったと当時の僕は感じていました。小3の僕よりもずいぶんと背が高く、腕力なんて全く敵いません。僕は純坊を身近なライバルとして意識し、彼女とゴム飛びをしては負けじと高く飛び、ドッヂボールでは彼女の投げる剛球に吹き飛ばされながらも、 「いつか、いつか必ず勝ってやる!!」 と、三つ年上の女の子に本気でライバル心をむき出にして挑んでいったものでした。
フンッ! 勢い良く鼻くそが飛び出したのはいいのですが、その鼻くそがどこへ飛んでいったのかわかりません。まぁいいかと、純坊のところへ駆け下りていった時、彼女から普段滅多に聞けない悲鳴があがりました。
それからしばらく、純坊も家から外に出てこなくなり、声もかけられない日々が続きました。
そして彼女は中学生になり、僕の家族は引越しをしなければならない出来事があったため、純坊とはお別れすることになりました。 「元気でね」 あっさりと、でも寂しげに言われたように思います。 純坊は僕の大切なお姉さんでした。
僕はかつて住んでいた思い出の団地に行ってみました。 毎日暗くなるまで、純坊と石投げをした川原、ドッヂボールをした公園。 そして階段を上り、僕や純坊が住んでいた部屋の前を通り過ぎます。 もうそこに純坊はいるはずがありません。 ドアが開いていたので少し覗いてみました。 そこには純坊が大好きだったピンクレディーのポスターはもうありません。 階段を下りて、付近を散歩しました。真新しい店が増えていましたが、その団地は昔と変わらないままでした。
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